よれよれ肉体百科

群ようこのエッセイは面白く、ハズレがない。
徐々に老いゆく自分のカラダ及び世間の人々の毛髪や下半身、その他色んな部位について描かれている。
皺の名称も「ゴルゴ線」「マリオネットライン」とかあるらしく、アンチエイジングであたふたせずに
朝、鏡を見て「おはよう、ゴルゴ」と、挨拶するくだりは笑ってしまった。

男性の好きな部分は何かと聞かれたら、手が好きかな、と考えているが、文中にものすごい手フェチの人によると、五木ひろしと梶井基次郎がきれいだと絶賛しているらしい。一度確認しておこう。
スポンサーサイト

人生の最後に笑顔で死ねる31の心得

著:石賀丈士(いしが在宅クリニック院長)

8月某日、知人の別荘で飲み過ぎて、後ろ向きにひっくり返って後頭部にでっかいコブを作ってしまった。ひどい二日酔いと、肘、足首の擦過傷、数カ所の虫刺されだけで済んだが、打ち所が悪かったら死ぬ所だった。
奇しくもその昼間、在宅医療の講演会に行って、緩和ケア医から満足死の話しを聴いてきたばかりだった。後日、その医師の本を読んでみると、ほぼ基調講演の内容が書かれていた。

「ピンピンコロリ」は理想の死に方ではありません。
言い方を変えれば「突然死」です。
前触れも無なく、ある日突然コロリと逝く場合、人は亡くなる瞬間に悔いを残すような気がします。
同じことは、大切な人を突然失う場合にも当てはまります。


「笑顔で死にたい」「笑顔で看取りたい」という満足死とはいったい何か。

50代から本気で「自分の死」を考える。

皆さんは80歳や90歳になっても「まだ死にたくない」と言いたいですか?
「思い残すことはんなにもない」と感じながら、満足感に浸って旅立ちたいですか?
これは、あなたにとって本当に大切なことです。考えてみてください。

このような状況になると死を意味する。
他社と交流ができなくなる「社会死」
食事や排泄が自分でできなくなる「生活死」
命が終わる「生物死」


「死ぬまでにしたいこと10のこと」を書き出す

「定年を迎えたら〇〇をしたい」「70歳になったら〇〇をしよう」ではなく「今やりたいこと」を優先させて「死ぬまでにやっておきたいこと」を積み重ねていく。
いつ死ぬかわからない。それらをどんどん実行していく。やる気さえあれば、大金を要することでない限り、たいていのことは実現できる。1つのことを実現できたら、また新たなことをつけ加えながら、やりたいことをどんどん実行していく。

「一日一生」
仏教の言葉で、真田信繁(幸村)もその言葉を使っていた。
一日一生という行き方の先に「満足死」があると信じています。
人の死亡率は100%。「あの人はかっこいい生き方で、かっこいい逝き方だった」と思われて最期を迎えたい。

延命治療はしないといっても、救急車を呼んで、人工呼吸器を付けられたら一生外せない。


石賀氏は医者になって病院で患者が苦しみながら死んでいくのに激しい怒りを覚える。医者はほとんどの病気を治せない。抗がん剤ではがんは治せない。。もっとラクに死ねないのか。
たどり着いたのが、緩和ケア医で在宅医療だった。しかしながらそれだと家族の負担が大きいように思われる。介護は頑張ったらいけないのだ。

ガン入院オロオロ日記

東海林さだお:著

入院したことはありますか?と聞かれ
「ある!」
「ない!」
どちらの答え方も語尾に「!」が付く。
前者は健康自慢の人。
(こんなにも丈夫なオレ)
後者は病気自慢の人。
(こんなにも病弱なオレ)
この真逆な自慢に、誰もが納得してしまう不思議。


このたび筆者は
「ある!しかも40日!」
と言ってしまうのだった。

病名は肝細胞がん。がんといわれオロオロするが、手術は大成功!
医者の一言に一喜一憂し、担当医は温厚、磊落な方で、もし真逆の人だったら言うことは同じでも、伝わり方はまるで違うものになっただろうと想像に難くない
手術後の入院生活は不本意いっぱいで見たまんまのことを面白くレポートしている。
術後、色んなものが乗っかったガラガラ(名前忘れた)いっぱい乗っているヒトの方がなぜかエライ。
オシッコをためる袋の色が濃いとなぜか恥ずかしい。
外来の患者と順番待ちしていると、ヨレヨレのパジャマを着た入院患者は原住民の酋長化してくる。
今日の昼飯はカレーにすっか、と思ってても不本意な食事メニューが出てくる。
最後の言葉が、秀逸であった。

異界というんですか、よく考えてみると、まさに異界なんですね。病院というところは。

世界一あたたかい人生相談

著:ビッグイシュー販売者、枝元なほみ

ビッグイシューという雑誌のコーナーの編集本。路上生活者の自立支援の活動で売っている雑誌で代金の半額が販売者である路上生活者の賃金になるそうだ。そういやぁ大阪の町でなんか売ってたヒトがいたような・・・。そんな雑誌だとは知らなかった。
人生相談の回答は販売者の売り場にライターが出向き、持参した質問にその場で販売者に答えてもらい、それが文章になっている。ぶっつけ本番の即興の答えなのに、その答えはなぜかユーモラスで核心をつくものが多い。それは販売者が頭で考えたものでなく、心と身体を通して答えてくれたものだからだ。
「ホームレス人生相談」に加えて、枝元なほみの「悩みに効く料理」が付いている。

友達がいじめにあってどうしたらいいかわからない。、食パンと千切りキャベツを用意して肉屋でコロッケ挟んでもらって、ついでにソースもかけてもらって近くの公園でふたりで食べる。何も話さなくても、黙ってそばにいてあげればいい。

婚約相手が死んでしまった!
つらいなぁ。こんな状態の人にかけられる言葉なんてほんまはないよね。何を言ったって、この人を助けてあげられるわけじゃないから。(中略)でもこれだけは言える。月日が絶対解決してくれます。なんぼでも泣いたらいい。(販売者)
ごはんを炊いて、炊きあがりのごはんの一番上のぴかぴかした、とてもきれいなところをすくって、上等なお塩で作る塩むすび。その人の思い出を大切にしてしっかり生きていくことが、何よりの供養になるのじゃないかしら(枝元)
2_2017090420312529a.jpg

「人間の煩悩」

佐藤愛子のエッセイ集

ベストセラーのあの本は予約待ちだが、他の本もおもしろそうだ。

人間なんて大自然の前では実にちっぽけな存在なのである。昔の人はそれをよくよく知っていた。自然の中に神を感じ、海を見て己の卑小さを知り、山に向かって手を合わせ、自然の恵みに感謝した。それがいつの頃からか、人間は山も海も人を楽しませるレクリエーションの場所にしてしまった。高峰に登るのはいいが、それを「征服」というようになった。科学を生み出した自分たちの知恵能力を過信し、我がもの顔に自然を見下すようになったのだ。
「想定外」もヘッタクレもない。自然の力を想定して制するよりも、自分たちの限界を想定するべきだった。人間は人間の「分際」をわきまえるべきであった。今回の災害(東日本大震災)で私が学んだのはそのことである。
                                                        「かくて老兵は消えてゆく」

幸福になるためのソフト 中川昌蔵師による
「今日一日、親切にしようと想う」
「今日一日、明るく朗らかにしようと想う」
「今日一日、謙虚にしようと想う」
「今日一日、素直にしようと想う」
「今日一日、感謝しようと想う」
但し、この五箇条は実行してはダメです。意識して実行すると失敗します。
                                                         「老兵の進軍ラッパ」

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

RINさん

Author:RINさん
FC2ブログへようこそ!

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
最新コメント
カテゴリ
RSSリンクの表示
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード
FC2カウンター
リンク
月別アーカイブ